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2012年末に行われた『アントニオ猪木vs棚橋弘至』の対談が興味深い


      [ 2013/01/14] プロレス 新日本 編集

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棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか

│棚橋弘至はなぜ新日本プロレスを変えることができたのか


去る2012年12月31日、プロレスファンにとっては見逃せない対談があった。
それは『アントニオ猪木 vs 棚橋弘至』

“100年に1人の逸材”と“神”の顔合わせ。この記事を知ったとき、びっくりした。

「え?棚橋って猪木のこと、嫌いじゃなかったっけ?」

勝手にそう思っていたからだ。


2002年の猪木劇場


2002年2月、冬の札幌で猪木が蝶野を現場監督に指名したあの日。棚橋は猪木に向かってこう叫んだ。

「俺は、新日本のリングで、プロレスを、やります!!」

猪木は「ま、色々な思いがあるからそれはさておいて・・」と話をはぐらかし、観衆の爆笑を誘ったが、棚橋にしてみれば心底、腹が立ったに違いない。

事実、最後に猪木が『1、2、3、ダー!』をやったとき、棚橋だけがダーをしていない。さらにその後、皆に対して猪木がビンタを張るが、棚橋は張られたあと、なんと猪木をにらみつけた。

「アンタのビンタなんて効かねえよ」と言わんばかりに。

映像をお持ちの方はぜひご確認いただきたい。張られたレスラーは皆、顔をそむけているのに対し、棚橋だけはまっすぐ猪木を見据えている。

「オレはアンタとは違うプロレスを創りあげてやるからな」

あの瞬間、棚橋はこう思ったに違いない(と思う)。ウワサに聞いた話では、道場から猪木関連のものをすべて撤去したのも棚橋らしい(棚橋弘至のポッドキャストにて、道場の写真を「もう外してもいいんじゃないですか?」と提案したのは棚橋だが、実際に外したのは小林邦昭さんだったという事実が判明)。猪木が築き上げた『ストロングスタイル』というものとの完全に決別し、自分だけのプロレスを創りあげていこう。そう思っていたに違いない。


そして、その成果は出た。

棚橋革命は2012年で成熟期に


2007年後半から始まった『棚橋革命(個人的に勝手にこう呼んでいる)』は2012年を迎えて成熟期に入った。花道をスキップする。エアギターを奏でる。「愛してま~す!」で締める。リングサイドを一周し、ファンとの交流をはかる。

かつて、新日のリングにこんな光景は存在しなかった。それらはすべて、棚橋が創りあげたものである。棚橋はあえて猪木、そして闘魂三銃士とは違った真逆のカラーを出そうとしたのだと思う。

最初は受け入れられるはずもなかった。猪木・三銃士・第三世代の築き上げたものは大きく、棚橋のプロレスは2007年後半までは受け入れられていなかったと思う。


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「何が愛してますだ」「何スキップなんかやってるんだ」「軽い」「チャラい」「丸め込みばかり使いやがって」「ドラゴン殺法とかもういいから」


そんな声がネット上を席巻していた。私もそうだった。棚橋の技が猪木や三銃士に比べて重みがなく、プロレスが下手に見えていた。ハッキリ言ってつまらなかった。

「あれだけ棚橋がトップに立つ日を夢見てたのに・・」

私は棚橋ファンだった。デビューしてからしばらくして2000年のG1クライマックス。越中をスモールパッケージで丸め込み、続く健介もノーザンライトに行こうとするところを完璧な首固めでフォール勝ち。

ハーフハッチを使い、金華山ジャーマンを使う。だが決してパワータイプではなく、ときには意表をついた丸め込みを駆使して勝利をつかむ、新しいタイプのレスラー。三銃士とも第三世代とも違うレスラー、それが棚橋弘至だった。

「これは棚橋の時代が来るぞ!」

そう思っていた。棚橋がトップに立つ日は近いと確信していた。しかし、実際にトップに立ってからの棚橋はずいぶんと苦労した。見ていてつまらなくなった。あれだけ棚橋がトップ戦線に食い込む姿を想像していたのに、いざトップになると、魅力がなくなっていた。

だが棚橋は自分を変えた。いまでも語り草になっている、2007年10月の両国。IWGPヘビー級の後藤洋央紀戦。この試合で棚橋はすべてを変えた。

テキサスクローバーを使い、グラウンド・ドラゴンスクリューも編み出した。それまで軽く見えていたハイフライフロー、スリングブレイドが一気に必殺技として説得力を帯びた。これはひとえに棚橋の努力が成せた技だろう。必殺技への試合運びが格段にうまくなったのだ。

「この選手をデビューからずっと応援してきてよかった!」

2007年、あのIWGP戦で見せた棚橋の姿、そして現在の棚橋こそが私の思い描いていた、棚橋弘至というプロレスラーの完成形だった。数年前の姿は試行錯誤していた時期でもあり、まだまだ完成形ではなかったのだ。


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三銃士が早く活躍していたこともあり、棚橋もそのくらいの年齢になれば自動的にそうなっていると勝手に思っていたのだ。これは反省しなくてはならない。

「新しく応援する選手が、自分の理想のレスラーの全盛期の年齢に近づいたとき、見る側は無意識に“年”を意識する」


少なくとも私はそうだった。

「武藤が20代後半であれだけトップスターになってたんだから、近いタイプの棚橋も
それぐらいの年齢になったら、きっと自動的にそうなってくれるだろう」


だがそれは大きな間違いだった。成長がもどかしいとき、人は「早くしろ」と思ってしまうが、寄り道が一番の近道であるということを棚橋は気づかせてくれた。

そこには「アントニオ猪木への反発」があったことは間違いない。「意地でもあの人と同じ道は行くものか」というものがあったように思う。

だからこそ、猪木との対談をしていたことに驚いた。

勝手に想像していたのは『水と油』。中邑と猪木ならまだわかる。『キング・オブ・ストロングスタイル』というニックネームが新しい中邑なら猪木と対談しても違和感がないのだが、真逆のスタイル、しかもかつては猪木に反発した棚橋。いったいどうなるのか、とても楽しみに、かつ、危険な匂いを感じながら読んでみた。


意外と和やかだった2人


拍子抜け・・といったら失礼だろうか(笑)。意外にも2人は談笑ムードに。
あれ?こんな空気なのか?

猪木は「相変わらずモテてる?」と言うし、棚橋は「猪木さんもお元気そうですね」と。

そういえば棚橋は2001年暮れ、当時交際していた女性に刺された事件があった。
あのとき、クビになりかかったということだが、そのとき救ったのが猪木だった。

「女に刺されたレスラーはいねえじゃねえか、面白いよ」と言って救ったとか。

なるほど、棚橋は総合格闘技全盛時代にプロレスを守ってくれなかった猪木に対してちょっとは怒ってるけども、心底嫌っているわけじゃないんだなというのが、よくわかったくだりである。


インタビューの中で棚橋が「おお、負けてねえな」と思ったのが、次のセリフを猪木に言ったこと。

棚橋 じゃあ、僕が新しいピザパイを持ってきます、絶対に!
猪木 ほう、いいじゃない。


「いまのプロレス界はパイを食い合っている状態」と指摘した猪木に対して棚橋がこう言ったのだ。
やるじゃないか。決して負けてない。

猪木はIGFのパンフレットで、棚橋のことを
「長く座長をやっていると、風格が出てくる」とも言っていたそうだ。


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じゃあ「棚橋は猪木が嫌い」とか「猪木は棚橋を嫌いなはず」だとかいう思い込みはまったくの間違いだったということになるのではないか。実は、猪木も棚橋のことを認めていて、「いいじゃん、それもプロレスなんだから」という度量の広いお父さんであるのではないか?インタビュー記事を読んでそう感じた。

ただし、きっちりと釘を差しておくことも棚橋は忘れなかった。IGFと新日が交わるか?という質問に対してである。ここをしっかりと釘刺した棚橋もなかなかのものだ。決して流されない。当然か。あの2002年当時、猪木に噛みついたのは棚橋だけだったのだから。


(棚橋の顔を見て)早く先輩たちを引退させてやってくれよ!(笑)


猪木がこう言った。棚橋を見てこう言った。
つまり、「まだ俺たちが出る余裕があるから、早く出てこれないようにしろ」と言うことだ。

パイを持ってきて、新しいピザを作り、先輩たちを早く引退させるべく棚橋はこれからも走り続けるだろう。そう見ると、まだオカダの時代ではないのかもしれない。


オカダ時代はまだ先の話?


メインイベンターとは、こういうところもメインを張らなければならない。リング上でお客さんを満足させて帰すプロレスができるというのは、いまや当然の資格。プラス、雑誌の対談やお客さんとの交流など、すべての面において満足させなければならない。今回の棚橋を見ていればそれがよくわかる。

オカダがチャンピオンになり、新時代が到来することを私は夢見ていた。しかし、こういう面でも棚橋に勝てないと、オカダ時代の到来はもうちょっと先かなと思うようになった。

人間的にもさらなる成長が求められるし、喋りも磨かなければいけない。(棚橋はポッドキャストで噛んでいたが(笑))
棚橋弘至のPodCast

先輩を超えるというのは本当に大変だ。超えるということは、単純に力で超えるのではなく、その人が積んできた『経験を超える』ということ。普通の会社だってなかなかできることじゃない。だが、できないことではないはずだ。


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これから育つ新人のために、プロレス界の先を走るために、オカダはいま、苦難の時代かもしれない。もしかしたらインタビューのように「当然ですよ」と思っているかもしれない。この棚橋を超えなければ、真のレインメーカーへの道は開けない。

だがきっと、この若者は、大河ドラマの主人公に踊り出る日が来るだろう。彼が「いまの新日本を知ってもらうステージに」上げてくれる日はそう遠くない。


アントニオ猪木vs棚橋弘至 対談(週プレNEWS)

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