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「楽な時代」を生きた団塊世代・バブル世代と現代の就職・生活環境の世代間格差


      [ 2014/08/07] 生活 団塊の世代 編集

考えているうちにタイトルのようなことを思いました。

団塊の世代やバブル世代は、自分たちが楽な世代であったことを忘れ、その時代の標準を現代の若者や氷河期世代に押し付けてはいないかと。

当時と現代では、とりまく就職・転職環境も違いますし、一億総中流時代や、望めば誰でも正社員で入社でき、面接で車を買ってもらったなど、にわかには信じがたい就職戦線を経験したバブル時代とは違います。

今回はそんな世代間格差について考えてみようと思います。


いまより仕事の内容が簡単だった


これは本当にそうだと思います。パソコンが使えない管理職が出てきたこと、そしてバイトやパートが増えてきたことを考えると、誤解を恐れずに言えば、バイト・パートでもできる仕事を昔は「正社員」の肩書で行っていたということです。

そして高度経済成長期にちょうど会社員人生の最盛期を迎えたおかげで、一億総中流となり、彼らは現代の若者よりもはるかに楽な環境で仕事ができ、お金を稼ぐことができました。家庭を持つことが未だに一人前だという考えがはびこっていますが、バイトやパートでもできる仕事で社員の肩書をもらい、給料もそれなりにもらっていたんですから、そりゃ誰でも結婚できて家庭持てただろっていう話なんですよね。

給料は毎月必ず出て、ボーナスも出て、景気は右肩上がり。その「甘い時代」を享受できた世代は、自分たちの力で経済は回っていたと信じていますが、当たらずとも遠からずだと思います。一握りの人が頑張っていただけで、あとは「おんぶにだっこ状態」だったのではないのでしょうか。

いまの時代だって、環境を同じにしたら結婚する人増えると思いますよ。バイトと派遣、パートで希望する人は正社員にして、毎月の給料は最低でも手取り20万円支給して、きちっと終身雇用で面倒見るよっていう方式に戻したら、おそらく婚姻率、出生率は上がるでしょう。みんな将来の不安を抱えている中で、その不安が消えるからです。結婚はまあ個人の自由もあるので一概には言えませんが、子育てをするには、ある程度安定した生活がないと無理です。

父はよく言います。


「昔は公務員なんて誰でもなれた」

「公務員を選ぶ選択肢はあまりなかった」



なぜか?それはおそらく、民間の仕事が公務員並みに楽で、給料も公務員より高かったから、わざわざ公務員を選ぶ必要がなかったということではないのでしょうか?


「昔は仕事に困ることがなかった。本当に誰でも正社員になれた」


両親からよく聞いたセリフです。そして、こういう時代を過ごしてきた世代が「選り好みせずにどこでもいいから働け」と若者に言っているのを聞くと、よくそんなことが言えるなと思うわけです。私も散々言われてきましたが、こういう時代を過ごしている人に言われても説得力がないんです。言うならそれなりの裏付けがないと。

私は、就職をとりまく環境や仕事に対するプレッシャー、上からの当たりなどは団塊の世代が体験してきたこと以上だと思っています。おそらく、ここまでプレッシャーを与えられて生活している世代はいないでしょう。楽にイスに座ることができた世代とは雲泥の差です。

当時は会社を辞めて別の仕事をすることはイレギュラーなことだと捉えられていましたが、現代では普通です。個人事業主としてネットで稼いだりする人も出てきていて、仕事のスタイルが大きく変化している世の中です。

エジプトの壁画じゃないですが、団塊の世代には「いまの若者は…」とあまり言ってほしくないのです。言ったところで何が変わるわけでもない、あなた方との世代とはまったく違う状況に、我々は置かれているのです。望めば誰でも仕事があった時代とは違うんです。

よく、テレビなどでコメンテーターが言います。


「ニートが増えているのは甘えているからだ。選ばなければ仕事はある」


しかし、そのニートたちも、団塊の世代の時代なら、楽々と仕事にありつけていたのでは?下手をすると、現代社会でニートとひとくくりにされている人たちですら、昔は正社員のポストを与えられ、責任もあまりなく、悠々と仕事ができた環境があったのではないでしょうか?

ニートという言葉自体がない時代でも「穀潰し」という言葉はありました。私はおそらく、この「穀潰し」とまで言われるような人の割合は、昔も今もあまり変わらないんじゃないかと思うんです。昔なら正社員として雇われていてもおかしくなかった人たちが職争いの競争にあぶれたことで「ニート」と呼ばれるようになってしまったのであって、本当の意味での「穀潰し」ではない。そう考えています。

団塊の世代が当時、このような状況に突然置かれたら、「選ばなければ仕事はある」と上から目線で言えたでしょうか?ほとんどの人は現代のニートと同じようになるか、非正規として働くかしかないのではないのでしょうか。

父はよく言っていました。

「仕事なんて選り好みしなければなんでもある。俺がもしその立場だったら丁稚奉公でもなんでもやる」

「介護だってコンビニだって仕事はなんでもある。俺がニートの立場だったら絶対やる」


もちろん、昔も一定数の人は努力していたことでしょう。それは現代でも変わらないと思いますが、誰でもできるような仕事を正社員の肩書をつけてやらせていた時代があったことは間違いありません。正社員をリストラし、非正規雇用に置き換えている企業が続出していることからも、それは明らかでしょう。非正規でもできる仕事を、わざわざ好待遇にしていた時代があったのです。能力を重視せずに人を採用しすぎていた時代があったのです。その割を食っているのは我々の世代です。

父の世代を見るたびに思います。いま、彼らが団塊思考のまま我々と同世代になったら、おそらく戦力にならないのではないかと。

実際、父が定年してから、付き合いでハローワークに行ったことが何度かあります。老後のお金も心配だから自分でもできる仕事がないかと、パソコンで年齢と経験を入力したら、ひとつもヒットしませんでした

上記で言っていた「俺がもしその立場なら丁稚奉公でもなんでもやる」というのはウソでした。結局、自分のプライドと経験が守られる職場でなければ行きたくないということが露呈したわけです。

私などは若いころから就職難で何社も転職してきましたが、ひとつの会社にずっと腰を据えていられたら、どんなにか良かっただろうと思えるんです。ひとつの場所にいてずっと仕事をしていける環境があるということは、それだけで非常にありがたいことなんですよね。

そういった素晴らしい時代を生きてこられたという自信が、団塊世代からはあまり感じられないのはなぜなのでしょうか。胸を張って「俺たちは仕事をしてきた」という自負があれば、そうカッカしないで生活できるものだと思いますが、なぜか世の中で余裕がなく、いつも怒っているのは団塊世代というイメージがついています。

もしかしたら、自信がありすぎるために驕りが出ているのでしょうか。


バブル世代の就職の楽さは信じがたいほど


これは昔、実際にバブル世代の方から聞いた「就職がいかに楽だったか」という体験談です。現在もネットなどで散々バブル世代の就職の楽さが語られていますが、聞いた話はすごかったですね。

  • 面接に行ったその日に温泉旅行に招待された
  • 車を買ってやるからウチに就職しろと言われた
  • 就職活動で何社も回れば、交通費として何万円も支給され、会社説明会や面接に行くだけで小遣い稼ぎになった
  • 引く手あまたで、誰でも就職が可能だった
  • 営業をほとんどしなくても勝手にモノが売れたので業績が上がった

これらの話は、実際にバブル入社した先輩から当時聞いた話なので、信頼性は高いと思っています。盛った部分もあるのかなあとは思いましたが、楽に就職できた時代だったという点では、団塊の世代とあまり変わらない就職事情だったと思います。

それより下の世代、つまり私のような「氷河期世代」から下は本当に辛い時期を歩んできたと思います。上がすべての仕事を持って行って、誰でも就職ができなくなり、非正規が増え、パワハラやブラック企業が横行し、収入格差が大きくなってしまった時代のまっただ中を歩んでいるうちに年齢は上がってしまいました。

私が営業マンをしていた時代、先輩がバブル世代の上司のことをこう評していました。

「あの人はバブル期に入社したから、営業の仕方を知らないんだ。そのくせ、黙ってても客がモノを買ってくれたから自動的に営業成績が上がって、仕事を知らないまま上司になってる」

その上司がパワハラをしまくっていたことは記憶に新しいです。確かに当時の営業所長はバブル期にすんなり入社でき、業界も潤っていたため、お客さんもお金があり、黙っていても営業成績が上がる土壌があったと聞いています。はっきり言えば、上司にゴマをすっていれば上に行けたため、仕事の成果はあまり関係なかったと聞きました。



団塊やバブル世代が言う

「昔は良かった」

という言葉。私はその「良かった時代」すら味わっていません。もちろん味わった人もいますが、「誰でも」ではありません。ほんの一握りの人たちだけが享受することのできる「良かった時代」を世代皆が味わえる世の中がもう一度来て欲しいです。

しかし、私の世代はもうそういった時代を味わうことはほぼ不可能ですから、いま、この時代を必死で生き抜くしかありません。

でも、昔に比べたら確実に厳しい世の中を生きているという自信はついていますから、団塊・バブル世代が味わえなかった厳しい時代を味わえているのは、ある意味幸せなことかもしれません。この時代を生き抜いているという自信と、人に対する思いやりがいつか花開くことを信じて頑張りましょう。

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